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2016.09.12.Mon

暗い部屋の話

こんばんは。大竹です。

比喩でも例えでもなんでもなく、「暗い部屋」に関する思い出話です。先日、仕事でひとり暮らしの男性の部屋に行く機会があって、その人は蛍光灯がブラックライトになるようにセロハンみたいなのを張り付けて生活している人でした。いろんな人がいるもんだなぁと思うと同時に、僕は「個人的な空間おけるブラックライトのダサさと寂しさ」に既視感がありました。

 

 

高校1年生の文化祭の時の話です。

僕の学校は1学年6クラス制で、文化祭ではクラスごとに出し物を決めて、準備と飾り付けをして、当日はクラスメイトが当番制で店番をしたり出し物の担当をするといういわゆる普通の文化祭でした。クラスにおける出し物決めは事前にクラス会でやりたい企画のアイデアが提出され、多数決で決めるというのがどのクラスでも行われており、僕のクラス2組は「スライム作り」が出し物でした。文化祭当日は僕もシフトに入って、来場者に粉と水を渡してスライムを作ってもらったり作り方を教えてあげたりしていました。楽しい思い出です。

 

僕が強烈に思い出したのは、僕の仲の良かった同級生小室くんが在籍する4組の出し物についてでした。

4組はなぜかほかのクラスよりも圧倒的にギャル、ヤンキーなどヤンチャな人たちが在籍する比率が多く、学年のギャルの8割が4組にいるというような構成になっていました。4組のそのほかの男子女子も、特別に活動的だったり精力的な奴がいるわけでもなく(小室君は僕と同じオーケストラ部という文科系)、クラスのイニシアチブをとるような人物が他にいなかったという環境もあり、声の大きくて人数も多いギャルチームがクラスの決め事の主導権をとりやすいという危ういパワーバランスになっていました。

 

そんな環境では、4組の出し物が「パラパラクラブ」に決定するのは必然でした。

僕が高校1年生だったのは2000年で、ちょうどパラパラがテレビなどでも取り上げられて、女子高生たちの間でも流行し昼休みや放課後など教室で練習して夜にクラブに踊りに行くというのが彼らの過ごし方だったようでした。 4組のギャルたちも例にもれずパラパラをやっていて、昼休みに小室くんに会いに4組に遊びに行くと、ヤンチャなチームがラジカセを持ち込んで教室でパラパラを踊っていたのを思い出します。

 

企画が決まると教室の飾りつけや準備になるのですが、「クラスの出し物」の怖いところで、企画立案はギャルチームだったとしても企画へは全員で参加しなくてはなりません。小室君も教室の机を全部出したり、ラジカセを借りたりして自分の仕事を全うしていました。

文化祭の当日、小室君のシフトが初日の一番最初のシフトだというので「よんぱら」(4組のパラパラの略)と名付けられた4組の教室に遊びに行くと、午前9時から爆音でユーロビートがかかる教室で、蛍光灯に張られた専用のセロハンで作られたブラックライトの明かりに薄く照らされて一人で受付に座っている小室君がいました。まったくの無表情でとてつもなく寂しそうでした。

 

「よんぱら」は「クラブ」なので、パラパラの踊りの指導などは行いません。あくまで参加者がパラパラを踊りに来る場所、という企画でした。そのため学園祭の期間中、やっぱり「よんぱら」に人が集まることはなくって、そりゃ冷静に考えると、文化祭に遊びに来て、教室で1~2人でパラパラ踊りにくる人っていないし、パラパラのことをわかっているのはそのヤンチャたちだけで、その彼らも学園祭が始まってしまえばほかの出し物や自分たちの遊びで忙しく「よんぱら」に常駐しているわけでもありません。

僕は「よんぱら」の動向が気になったから、期間中ちょくちょく様子を見に行っていたのだけど人が踊っているところはついに見ることができず、行くたびに受付でブラックライトに照らされて歯と眼球が青白く光っている同級生と目が合って気まずくなるだけでした。

結果、文化祭の2日間で驚異の低集客となってしまった「よんぱら」は、4組に在籍していた人たちにとってとても苦い思い出になっていて、小室君も「よんぱらのことだけは言うな」と仲の良い僕たちの間にも影を落とす話題になりました。

という思い出話です。

ブラックライトはしかるべき場所でしかるべき光り方をしてほしいなと改めて思いました。

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