bBLOG

2016.06.30.Thu

ストーリー使用しました!

「商業音楽の呪い」なんて背表紙つけて思い出にしたら、乗り越えたような気になれて、貴重な経験、財産としての失敗なんていう誰もが羨むエピソードが手に入るはずなんですけど、全くそんな捉え方をすることは出来なくて。

僕は昔から恨みや憎悪が風化することが少なくて、なんか時間が解決するとか年とともに丸くなってあんなことで怒ってたなんてなぁとか良い思い出にしたりすることが全くできません。
だからそういった類の言葉は、同じ温度と純度で悪意を持ち続けると心が荒んでくるし相手を攻撃したい、憎悪をぶつけたいという気持ちでいるのは大変疲れることで、その気持ちをぼやかすために「発明された」言葉や考え方であるように思います。

仕事をしていたり生活をしていれば大きな怒りや有り余る理不尽を喰らうことは避けて通れなくって、みんな自分なりの解消法を見つけたりもともとあるやり方を使って気持ちを保ったりしていると思うし僕もそうです。
でもそれをやってると(32年生きると32年ぶん上手くなる)、そうやって培った手段を用いてですら全く色あせずなくならない怒りや悪意というのも現れて、なんなら今までの有効な手段で解消されないということにより、濾過された塊、結晶のような悪意が自分でも驚くような形になっていることもあります。

先日のバンドのレコーディングで言われた「こんな商業音楽に何も感じない」がそれでした。
2ヶ月経っても明確に思い出して気持ちが落ち込むし、それを原動力にすることすら相手の人生に加担するような気がして本当にがんじがらめでした(本当はもっととてつもない悪意と憎しみを持って思い出しているけど、それは僕だけのものでした)。

しばらく作曲はいいかななんて思っていたんですけど、そしてたまにメロディが浮かんだりしても「これもどうせ商業音楽だしなぁ」なんて自分で打ち消したりしていました。
言うなれば呪いみたいなことですけど、先に言ったように、そんな言葉で処理出来ないただの苦しさみたいな生活でした。

そんな中、仕事として引き受けた作曲というのがまた3つほどあって、苦しいながらも作っていたら段々、作曲することや演奏するって楽しいよなぁみたいな気持ちが戻ってきて、、、

結果 1曲思いつきました。
歌詞とコードを決めて作っていきました。
出来た曲は、僕のことを自分で考えたときに(自意識過剰)自分そのものみたいな曲でした。
ずっと縛られていたので、自分が何が好きで何が嫌いで何に怒るのか、自分のために何をどうするかということを考えていたのだと思いました。
だからある意味自分を救うために作るというストーリー、そして恥ずかしいですけど、理不尽に気持ちをくじかれたら戻す意思は衝動に立ち返るしかないというわかりやすいストーリーでした。 もちろんオリジナルなものではなく、過去に見聞きした話を自分に置き換えて、それを使いました。

でも助かったよ!

そして、やはり衝動があるのだということがまた感じられて自分で自分にまだやってていいという許可をもらえたような気がして嬉しかったです。

なので今回の曲はより僕の衝動に近いものを、という観点から音を選ぶ判断をしていった結果、すごい騒がしい音楽になりました。
僕のバンドの曲は前からそういう要素が強いけど、今回のはよりヤバいです。
でも、Sensitve Brothersのことが少しでも好きで僕に少しの興味を持ってもらえている人はきっと良いと思ってもらえる曲です。

1週間以内には歌詞と一緒に公開するのでよろしくお願いします。

そしてライブで演奏したいと思います。
8月の2週目と9月の2週目にそれぞれ別の会場でライブ出来るようにメンバースケジュールを調整しています。出来るといいな。その際は是非来てください。

Bookmark this on Google Bookmarks
LINEで送る
Pocket


sSOUND

0VIDEO

ttwitter