bBLOG

2016.04.23.Sat

人の楽しみ方にすらケチをつけるようになったら終わりだと思うけれど、いよいよ僕に終わりが訪れたのではないか、と感じて悲しくなる話。

こんばんは。大竹です。

僕は土曜日が休みになった日には娘を連れてよく近くの児童館に行くことのだけれど、そこで見かける男子高校生に心を乱されまくっていて、その感情が自分のなかで上手く整理できないので書いてまとめてみたいと思います。

ですがすみません、書いてみたらすごく救いのない、読むのが辛い文章になってしまいました。ただただ僕が一方的にエゴイスティックに何に苦しんでいるのかと、それに解決がない文章です。心に余裕があるときに読んでください。

 

僕たちが行く児童館は地域ではかなり大きいほうで、体育館もあれば乳幼児室も2つあったり、2階には音楽室や工作室や学童クラブなどかなりの設備を整えています。
そのなかに「中高生以上ルーム」というの6畳ほどの部屋があって、彼はいつもそこにいます。
僕は2歳の娘を連れて遊ぶ目的で来ているからこの部屋のなかに入ったことはないので遠目にしか彼のことを見たことがなく年齢は想像するしかないのだけれど、部屋には扉はなく廊下と素通しなので見た目や制服の感じから中学生ということはないと思います。
中高生ルームにはテレビとゲーム機が置いてあって、彼はいつも制服でだらしなく寝そべりながら一人でWiiをやっています。 ゲームが見たくて小学生や幼稚園児が部屋に入って画面をのぞこうとすると、「小学生入ってくんなー」と嫌な感じで威圧します。
隣の部屋から子供が遊ぶ大きなブロックを持ってきてテレビの横に衝立のように置いて小学生が外からも画面が見えないように部屋みたいにしてWiiをやり続けています。

 

僕はそんな彼を見ているのがちょっとしんどすぎて苦しいです。
その感情の内訳はいくつかあって、どれが大きくて小さくてどんな作用があるかを整理する意味でもしんどい理由を箇条書きにしてみたいと思います。

 

 

○見た目と行為がキツい

まず僕は基本的に、男の人が面積を広くとって座るのが好きなことに嫌悪感があるのだけれど、彼もまたそんな感じで、勝手に衝立みたいなのを作って部屋みたいにして部屋の3分の1くらいを独占しています。
時間がたつと他の中学生とかもやってくるんだけど、その衝立のなかには入らなくて、空いたスペースでゴロゴロして漫画を読んだり、友達とモンハンをやったりしています。
その衝立の奥で彼は寝そべって足を大きく広げて、1リットルの紙パックジュースを飲みながらwiiをやっています。
面積を広くとることを目的としているような男の人の感じを見なくてはいけないのがしんどいです。

 

 

○彼が1人でいる状況を想像するのがしんどい

たまに別の中学生が友達とワイワイWiiをやってたりすることもあるのだけれど、中高生ルームにはテレビとゲーム機は1セットしかなくて、やりたい人は早い者勝ちというルールになっています。
だから彼がいつもゲームをしているということは、土曜の授業が終わったら急いで児童館にやってきて、Wiiを確保しているということになります。
青春のど真ん中であるはずの男子高校生が、学校が終わってまっすぐに向かう用事が「児童館でWii」なのはちょっと、モテないどころの騒ぎじゃない。
せめて誰か友達とやっていてほしい。 一人でやってきて、小学生に対してくだ巻いてる場合じゃない。中高生ルームとはそういう意味じゃない。

彼がどんな風に人生を過ごして、何を楽しいと思って時間を使おうが彼の自由だし、それを否定してはいけないのだけれど、
ただの「ゲームをやる」ではなくて「児童館でWii」は、そりゃないだろう!と思ってしまいます。
僕はおじさんになって、若さへの執着や加齢への恐怖があるから余計に、その時間の使い方を見るのが辛くなってしまう。

 

 

○おじさん的な発想で彼の行為をとらえている自分が辛い
ゲームは僕だって大好きだったし、今でも毎日やるくらい好きです。
僕が高校生の時、ゲームをやっているときに、大人から「もっと楽しいことや素敵なことがいっぱいあるよ!」と言われるのは、一番むかつくことでした。
とすると、僕が彼に対して抱いている感情は、大人の人が当時の僕に抱いていた感情と同じなのかと想像してしまいます。

僕の場合は、ゲームをやっているのは基本自宅だったし、100歩譲って中学の遠足でいった横浜でどこも回らず集合場所でポケモン銀をやっていたことがあるけれどそれも一人でではないから、
「児童館でWii」はかなり特殊なことではあると思うけれどそれでも僕が彼に感じている感情は、僕が嫌だったそれでした。
つまり僕は若者に対して、盲目的に、自分だけの基準で「そんなことしてちゃダメだ」という目線を持っているということがわかってしまったのです。
人が何を好んで楽しんでいるか、それを否定してはいけないと理屈でわかっているのに、その理解とは別のベクトルで「児童館でWii」への憤りが抑えられないのです。
また1つ自分がおじさんであるということの証明がなされたような気がしてとても辛いです。

 

 

○無意識に見下している自分に気が付いて罪悪感がある

そんなことしてちゃダメだと思うのと同時に僕は、「僕が高校生のときはもうちょっといいことしてた」と思う部分もあることに気が付きました。
もちろん彼だって「児童館Wii」が生活の全てではないし、学校や家や部活や予備校で、彼なりのカッコいい瞬間が訪れているとは想像できます。
だけれども、僕が高校生の時はカッコつけに一番とがっていた時期で(放課後は井の頭公園のほとりにある喫茶店で村上春樹を読んで時間を潰して、吉祥寺のバウスシアターに「マルホランドドライブ」のレイトショーを見に行くくらいにはカッコつけていた)、
そんな僕にとって「児童館でwii」はダサすぎた。

つまり僕はそんな彼のことをダサいと思って、見下していたのでした。
人の好きなものや楽しい時間を否定するだけでなく、見下すということまでが僕に現れて、理解とは違った無機質な感情がしっかりと手元に現れて辛いという感覚です。

 

 

○ポジティブな想像で救う気にもなれない

僕はそんな風に彼のことを思っているということを認めると、次に訪れたのが、
自分がおじさんとして彼を判断しているのならばこの後は普通「10年位たって彼にも『あの頃はすごく的外れなことをしていたなぁ、そしてそれよりも今充実しているからこそ、あの時が無駄だったと気付けて良かったなぁ』と思ってくれますように」みたいな、無駄だったことに気が付く成長が訪れるといいよねと「自分はすでに気が付いてます達してます」みたいな気持ちになるような考え方を結んで自分のおじさんプライドを満たしていくはずなのだけれど、彼に対してはそんな将来良くなってほしいよねというような気持ちも起きないのです。
それは彼の素行の悪さ(面積広くとる、衝立作る、小学生に厳しくて偉そう)に起因しています。
僕は彼のそんな無配慮な行動の数々に普通に怒ってしまっていて、普通に嫌い、だから彼の将来は暗いものになってほしいなという憎しみをもって見てしまっています。

僕は、すごく年下の彼のことを憎んでいるのか!と気が付かされて自分の心の狭さや、器の小ささ、そしてそれによって勝手に傷ついているナイーブ過ぎさに、かなり引いて、参ってしまっています。

 

 

○おじさんと若者の葛藤

以上を踏まえると、僕はたぶんすでに、彼(若者)に「お前こんなことしてちゃダメだ!」と説教すらしたくなってしまっているのだと思います。
でもまだ若かったころの気持ちもギリギリ想像できる僕は、「児童館でWiiやってる高校生にいきなりキレてくるおじさん」は激烈にヤバいということもわかります。
自分が怒っているということを自分で許せない、という複雑な悩み方もしんどいです。

 

 

 

 

 

 

とりあえず、以上のようなことが僕が最近児童館にいくたびにずっと悩んで参ってしまっていることです、

若さは正しさだと思っている僕は、他人、しかも高校生の楽しんでいることは否定する気持ちが生まれていることと、他人の楽しさを否定するという「人としての終わり」を感じなくてはいけないのが結構しんどいです。
好きなものを否定したくないのに、否定してる。
見下してるのに、見下したくないと思ってる。
深く長く考え込んでしまっています。

 

ちょっとこれだけ書いてもやっぱりまだ答えはでなくて、まだしばらく悩むのだと思います。
娘と遊ぶ児童館はとても楽しいし、僕がちょっとピアノ弾いてあげたりするとほかの小学生たちに超モテるので気分もいいです。なのにこんな暗い感情を抱える部分もあるなんて。

 

それぐらい僕にとって「児童館でWii」はセンセーショナルなダサさでした。
みなさんも、ヒマがあったら地域の児童館をのぞいてみてください。

最後まで読んでくれて、僕の妙な悩みを共有してくれてありがとうございました。

Bookmark this on Google Bookmarks
LINEで送る
Pocket


  • おもち犬舎

    大竹さんは優しいですね。見ず知らずの高校生の振る舞いに、彼のバックグラウンドからその将来に対して、ご自身の貴重な時間を使って想像してしまったり心を痛めたり、そんな自分を客観的に反省してみたり…私だったら「なんじゃこいつ」と一瞬思うだけでその子の為にあれこれ考えたりできるかなーと思うと多分しないだろうなーと行き着き、そして私のような人間が多いから俗に言う無関心な殺伐とした現代社会が…とここまで考えましたが、これ以上はやっぱり面倒くさくなって考えるのをやめました。
    私からすれば、大竹さんの彼へのネガティブな感情自体、優しい世界に思えます。

  • 根っこ

    あまりの衝撃に10回くらい読んでしまいました。
    なかなかの少年ですね。言葉を選ばずに言うのなら、『貧しい子なんだろうな…』という印象です。物心が7:3くらいの割合で。金をかけず時間がつぶせて、しかも偉そうに振る舞える、ってのが入り浸る理由なんでしょうか。勝手な想像ですが。
    遠からず苦情が入り、居られなくなる可能性もありそうですね。
    でも彼の人生は続くわけですし、大竹さんの心にはざわざわ感が残るのでしょうしね…。(なんか偉そうにすみません)
    不遜な、傲慢な、だらしない態度の向こうに、彼なりの声にならない叫びがあるのかな、なんて思いました。実際に見たら大分むかつく気もしますが…。
    せめて今後、彼の心が豊かになるような何かとの出逢いがあることを祈るばかりです。

    あと、娘さんにはあんまり見せたくない光景ですよね。そう思うと悲しくなってしまいました。
    長文ごめんなさい。瑞々しく繊細な文をありがとうございました。

  • Madoka Watanabe

    説教してみてほしいです。それか、管理してる側のおとなに報告して彼と相談してみてもらったり…私は、そんなやばい大人達に救われた一人です。

sSOUND

0VIDEO

ttwitter